姫野佳。 「生きづらさは自分の努力不足だと思ってた」彼女が優先順位を変えた理由|ウートピ

私たちは、発達障害なのか? 「グレーゾーン」な社会人の生きづらさ

姫野佳

集中できなくて仕事でミスが続く。 上司や部下とのコミュニケーションがうまくいかない。 小さなことが気になっていつまでも落ち込んでしまう。 すぐに緊張してしまう……程度の差こそあれ、私たちの多くは常にどこかで「生きづらさ」を感じる場面が多々あるように感じます。 なんとなく息苦しくてツラいのだけど、どうすればいいのかわからない。 そんな人も多いのではないでしょうか。 「生きづらさ」をテーマにした書籍『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)が先日発売されました。 著者の姫野桂さんが22人の発達障害の当事者にインタビューし、その内容をまとめた当書籍。 発達障害の当事者だからこそ感じる苦悩もあれば、そうじゃない人たちにも心当たりのある「生きづらさ」が読み取れます。 その「生きづらさ」はどこからやってくるものなのか、著者の姫野桂さんと、コラムニストの河崎環さんに聞きました。 姫野さん(左)、河崎さん(右) 「自分のことを取材してほしい」 河崎環さん(以下、河崎):本を拝読して、どの回も発達障害の当事者の方々の葛藤や苦悩などが赤裸々に描かれていて、衝撃の連続でした。 書く側からしたら、かなりエネルギーが必要だったのでは? 姫野桂さん(以下、姫野):かなり神経を使いましたね。 監修にはメディカルケア大手町の五十嵐良雄院長がついてくださっていたんですけど、初稿で間違った情報を書くわけにはいかないと、かなり勉強しました。 河崎:もともとはウェブでの連載だったんですよね。 当時の反響はどうでした? 姫野:毎回たくさんメッセージがきて、その返信に半日使っちゃう、みたいなときもありました。 そのほとんどが当事者で、7割くらいの人たちは「自分のことを取材してください」という内容だったのも印象的でした。 河崎:自分のことを取材してほしいって、どういう心理なんだろう。 姫野:おそらく、自分の性質を取材されることで認めてほしい、許容されたいという部分があるのだと思います。 河崎:そうそう、今回の本では姫野さん自身も当事者ではないかと思い、心療内科で診断を受けたそうですね。 姫野:はい。 診断を受けたことで、気持ちとしては、だいぶ軽くなりましたね。 担当の先生と傾向や対策を話し合ううちに「できないことはやらなくていいんだ」って開き直れたんです。 河崎:なるほど。 姫野:これまでは、自分に何かできないことがあると「私の努力不足だ」って自分を責めていたんですけど、それがなくなりました。 To Doリスト以上のことはしない 河崎:気負いがなくなるのはいいことですよね。 姫野:そうですね。 パン屋のレジで暗算ができなかったり、会社で経理業務ができなかったりしたのは自分の努力ではなくて性質のせいだったんだな、と。 具体的な変化をあげるとしたら、これまでは、外出する際に必ずといっていいほど忘れものをするので、それを見越して30分早めに家を出ていたんですけど……。 河崎:引き返しても間に合うこと前提で(笑)。 姫野:はい(笑)。 でも、その話を先生にしたら、「玄関に持っていくものリストを作って貼っておけばいいんじゃないの?」と言われて。 それを実行するようになってからは、ムダな30分が必要なくなりましたね。 あとは、「To Doリスト以上のことをやらない」って決めています。 河崎:どういうことですか? 姫野:それまでは、その日やるべき分が終わっても、次の日の仕事が気になって1日中、夜遅くまで仕事をしていたんです。 でもそれは自分にとって苦しいな、と思って。 だからいまは、今日やるべきTo Doリストをクリアにしたら、それで終わり、と決めているんです。 河崎:ストイックな姫野さんならではの方法でもあるし、頑張りすぎちゃう人にもオススメな方法ですね。 頑張りすぎないマイルールの話でいうと、私も自分の中でかなり優先順位をハッキリとつけて日々の秩序を作っています。 じゃないと働きすぎてしまうタイプなので。 自分勝手でも自分を大切にすることを優先する 河崎:昔は「仕事も家族も完璧にやらなきゃ」っていう強迫観念みたいなものがあって、とにかく全力で頑張っていたんです。 でもあるときうつで倒れて、1日中動けずに寝たきり状態になってしまった。 そのとき初めて「こんなに動けなくなるまで、どうして頑張ったんだろう?」って過去の自分に疑問を抱いて。 姫野:わかるような気がします。 河崎:おまけに、歳を重ねるにつれて、自分の体力が低下しているのも分かってくる。 そうすると、限られたリソースをどう使うべきか、ということを考えなければいけなくなるんですよ。 だからいまは、寝る時間と起きる時間を決めて、そこがずれ込むようなことになりそうなら、むしろ「飲み会は断る」とか「原稿は待ってもらう」っていう選択をするようにしているんです。 すごく自分勝手な秩序ではあるけど、これが守れないようになったら自分がダメになってしまうってわかったから。 姫野:河崎さんとは以前一緒にトークイベントをしたんですけど、そのときも「息子のお弁当を作らないといけないから」って打ち上げの飲み会は断っていましたね。 河崎:そう、あのときのメンバーで打ち上げをしたら楽しいことはわかっていたんだけど、私にとっては、翌朝、子どものお弁当をちゃんとしたコンディションで作れる状態にすることが、自分の秩序作りにとっては大切だったんですよね。 そのためには飲み会を断ってでも、睡眠時間を確保しないといけない。 そうやって自分の体力の限界を知って、優先順位をつけるようになってからは、だいぶ生きやすくなりましたね。 次回は8月23日(木)公開予定です。 (構成:園田菜々、撮影:青木勇太) 姫野 桂(ひめの・けい) フリーライター。 1987年生まれ。 宮崎市出身。 日本女子大学文学部日本文学科卒。 大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。 卒業後は一般企業に就職。 25歳のときにライターに転身。 現在は週刊誌やWebなどで執筆中。 専門は性、社会問題、生きづらさ。 猫が好きで愛玩動物飼養管理士2級を取得。 河崎 環(かわさき・たまき) フリーライター/コラムニスト。 1973年生まれ、京都府出身。 慶應義塾大学総合政策学部卒。 海外遊学、予備校・学習塾での指導経験を経て、2000年より教育・子育て、政治経済、時事問題、女性活躍、カルチャー、デザインなど、多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を行う。 欧州2カ国での暮らしを経て帰国。 現在、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書の作成にも参加する。

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私たちは、発達障害なのか? 「グレーゾーン」な社会人の生きづらさ

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つい最近まで体重42kgだった。 それが、なんだかお腹が出ているなと思って体重を測ってみるとなんと49. 5kgという数字が表示されているではないか。 見間違いではない。 消えたくなった。 (身長は156cm) 私は摂食障害を抱えている。 拒食期〜嘔吐期〜通常期をくり返していたが、突然の自粛期間によりサイクルが乱れて15年ぶりに過食に走った。 夕飯を食べた後もポテチを1袋毎日食べていた。 そうしたらこのざまである。 太っていることは醜い。 高校時代も過食で太っていたので同級生にデブとからかわれた。 私は醜い。 必死でダイエット開始。 タンパク質と野菜中心の食生活に、毎日踏み台昇降運動を20〜30分、2日に1度の3分間の腹筋。 ちなみに今日は腹筋、3分間ノンストップで頑張れた。 お酒は大好きなビールを辞めて糖質ゼロの発泡酒と蒸留酒に変えた。 これを1ヶ月続け、ようやく2kg落とせた。 現在47kg。 でも本当は42kgまで戻したい。 42kgの頃は体力もなく、重いリュックを担ぐと重みで後ろにひっくり返りそうになることもあった。 栄養不足による口内炎と口角炎も常にできていた。 健康診断では痩せすぎの診断を受けた。 だけど、口角炎や口内炎が痛くたって私は42kgに戻りたい。 その体型の自分しか愛せないから。 踏み台昇降運動は毎日続いている。 もう日課になっており、夕方になると自然と踏み台を準備していて「あれ? 私病気?」と一瞬思い、ああそうだ、摂食障害という食に依存している病気だったとふと病識が蘇る。 人に「7kgも太った」と言うと皆「分からない」と言う。 それは顔に肉がついていないからだ。 リモート会議だと上半身しか映らないので。 増えた醜い贅肉たちは胸と腹についた。 胸には谷間ができた。 けれどその谷間を私は憎いと思う。 女性らしい体に抵抗感があるのだ。 胸なんていらない。 ぺらっとした体がいい。 斉藤さんも元摂食障害当事者だ。 斉藤さんはもともとプロのサッカー選手を目指していたのに故障により続けられなくなり、生きがいを失ったことでチューイング(食べ物を咀嚼して飲み込まず吐き出すこと)に走った。 男性の摂食障害と女性の摂食障害は根底が異なる部分が出てくると思う。 それに、男性で摂食障害は少ない。 私は12年前、就職で心折れ、一ヶ月で10kg痩せて43kgになったとき、明らかに男性からの眼差しが変わった。 ファッションも楽しめるようになった。 体重計に乗るのが楽しかった。 そして、毎日ほんの少しのお菓子と大量の発泡酒を飲み続けた。 そんなアンバランスな食生活でも太ることはなかった。 けれど、栄養失調で太ももにプツプツと水疱ができていた。 痩せている自分は価値がある。 そう思っていた。 それは今も変わらない。 けれど苦しい。 うまく食べることができない。 そんなお話をしようと思うので、花金だけど個人的な自粛で外に遊びに行けない皆さま、ぜひおうちから観にいらしてください。

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つい最近まで体重42kgだった。 それが、なんだかお腹が出ているなと思って体重を測ってみるとなんと49. 5kgという数字が表示されているではないか。 見間違いではない。 消えたくなった。 (身長は156cm) 私は摂食障害を抱えている。 拒食期〜嘔吐期〜通常期をくり返していたが、突然の自粛期間によりサイクルが乱れて15年ぶりに過食に走った。 夕飯を食べた後もポテチを1袋毎日食べていた。 そうしたらこのざまである。 太っていることは醜い。 高校時代も過食で太っていたので同級生にデブとからかわれた。 私は醜い。 必死でダイエット開始。 タンパク質と野菜中心の食生活に、毎日踏み台昇降運動を20〜30分、2日に1度の3分間の腹筋。 ちなみに今日は腹筋、3分間ノンストップで頑張れた。 お酒は大好きなビールを辞めて糖質ゼロの発泡酒と蒸留酒に変えた。 これを1ヶ月続け、ようやく2kg落とせた。 現在47kg。 でも本当は42kgまで戻したい。 42kgの頃は体力もなく、重いリュックを担ぐと重みで後ろにひっくり返りそうになることもあった。 栄養不足による口内炎と口角炎も常にできていた。 健康診断では痩せすぎの診断を受けた。 だけど、口角炎や口内炎が痛くたって私は42kgに戻りたい。 その体型の自分しか愛せないから。 踏み台昇降運動は毎日続いている。 もう日課になっており、夕方になると自然と踏み台を準備していて「あれ? 私病気?」と一瞬思い、ああそうだ、摂食障害という食に依存している病気だったとふと病識が蘇る。 人に「7kgも太った」と言うと皆「分からない」と言う。 それは顔に肉がついていないからだ。 リモート会議だと上半身しか映らないので。 増えた醜い贅肉たちは胸と腹についた。 胸には谷間ができた。 けれどその谷間を私は憎いと思う。 女性らしい体に抵抗感があるのだ。 胸なんていらない。 ぺらっとした体がいい。 斉藤さんも元摂食障害当事者だ。 斉藤さんはもともとプロのサッカー選手を目指していたのに故障により続けられなくなり、生きがいを失ったことでチューイング(食べ物を咀嚼して飲み込まず吐き出すこと)に走った。 男性の摂食障害と女性の摂食障害は根底が異なる部分が出てくると思う。 それに、男性で摂食障害は少ない。 私は12年前、就職で心折れ、一ヶ月で10kg痩せて43kgになったとき、明らかに男性からの眼差しが変わった。 ファッションも楽しめるようになった。 体重計に乗るのが楽しかった。 そして、毎日ほんの少しのお菓子と大量の発泡酒を飲み続けた。 そんなアンバランスな食生活でも太ることはなかった。 けれど、栄養失調で太ももにプツプツと水疱ができていた。 痩せている自分は価値がある。 そう思っていた。 それは今も変わらない。 けれど苦しい。 うまく食べることができない。 そんなお話をしようと思うので、花金だけど個人的な自粛で外に遊びに行けない皆さま、ぜひおうちから観にいらしてください。

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