京都 競馬 場 改装。 競馬予想・2020.5.30【東京競馬場・京都競馬場】

【京都巧者or阪神巧者】競馬場適正は血統で分かる!種牡馬別得意条件データ関西編

京都 競馬 場 改装

例の外出先におります。 昨日はフテ寝していましたので、睡眠時間をタップリ確保できたのですが、日付が変わったあたりから「敗戦処理作業」を開始。 その途中で面倒な話に出くわしてしまったりして、精神的な疲労感がさらに・・・。 今、フラフラの状態なのですが、ここ(例の外出先)での仕事も夜9時まであるし・・・。 そんな中、こんなニュースが飛び込んできました。 京都競馬場が改修工事に入るそうです。 この工事に伴い、2020年11月から2023年3月までの間、京都競馬の開催は休止となります。 工事の期間が長いですね・・・。 私も30年近く競馬をやっていますが、JRAの競馬場でこれほどまで大掛かりな工事が行われるのは、初めてかもしれません。 まだ振替先の競馬場などは決まっていないようですが、全て阪神競馬場という訳にもいかないような気もするのですが、どうなるのでしょうか。 淀の改修工事が終わる頃には、自分の競馬Webサイト管理人としての状況が好転しているといいのだけど・・・。 さすがに時間はタップリとありますしね。 頑張ります。 月別アーカイブ• 206• 270• 199• 228• 280• 219• 221• 242• 228• 249• 269• 286• 208• 256• 277• 275• 306• 275• 233• 250• 254• 242• 262• 276• 201• 255• 255• 282• 321• 274•

次の

競馬予想・2020.5.30【東京競馬場・京都競馬場】

京都 競馬 場 改装

どもども。 さて、お盆の時期は暑さで引きこもりがちということで、タイトルのとおり今回からは京都競馬場レポートでございます。 のときにも言い訳がましく申し上げましたが、大阪市在住の荷桁にとって、京都競馬場は比較的近い競馬場なので、ちょいちょい行っている競馬場ではあったのですが、近いとどうしても「どうせまたすぐ行くから」という発想になるため、えいやと記事にまとめる意欲は何となく湧いてこないままにここまで来てしまいました。 先日、阪神競馬場レポートを書き上げて、とうとうJRAの競馬場でブログで触れていないのがここ、京都競馬場だけになってしまったので、ようやく観念して書き始めたというのが実際のところであります。 まあ、そうしたつまらない裏話をしていても仕方がないので、話を先に進めますが、今回からしばらくは京都競馬場の話でございます... さてさて、京都競馬場ということで、何から話をしていこうか迷うところだが、ここはいつもどおり、京都競馬場の場所や歴史についてざっくり話をするところから始めていこう。 少し競馬をかじったことがある方なら聞いたことがあると思うが、京都競馬場は「淀」と呼ばれることが多い。 これは東京競馬場が「府中」、名古屋競馬場が「土古(どんこ)」と呼ばれるように、競馬場が実際にある場所が「淀」と呼ばれるエリアなので「淀」と呼ばれていると素直に理解していただければよい。 阪神競馬場を「仁川」という人もいないことはないが、京都競馬場を「淀」という人のほうが圧倒的に多いんだよな。 今後ちょいちょい文中でも断りなく京都競馬場のことを淀と置き換えてしまうと思うが(すでにやってるか)、同じ競馬場をさす言葉として軽く流していただけるとありがたい。 京都競馬場の位置関係がまったくわからない人のために、わりと大きな地図を用意した。 真ん中付近にあるのが京都競馬場である。 競馬場のやや右上にいわゆる京都の市街地があり、地図の左下のほうに大阪市があるのがお分かりいただけるだろうか。 地図を見たままに、すごく乱暴に京都競馬場の位置関係を説明すると「大阪と京都の間の、だいぶ京都寄りにある競馬場」という感じになろうか。 京都競馬場の住所は「京都府京都市伏見区葭島渡場島町32」となっている。 京都の中心市街地から離れているように見えるが、一応京都競馬場は京都市にある競馬場なのだ。 このへんの情報はちょっと頭の片隅に置いておくといいかもしれない。 ちなみに「葭島渡場島町」の読み方は「よしじまわたしばじまちょう」である。 いかにもこの辺らしい難読地名である。 さて、もう少し拡大した地図をご用意した。 ごらんのとおり、京都競馬場のある淀という地区は淀川水系の宇治川と桂川に挟まれた土地である。 江戸時代は淀城の城下町であり、またそれ以前からも交通の要所で、市が立つ商業地として栄えた場所であった。 素晴らしい歴史的背景を持っている、非常に由緒正しいエリアなのである。 遡れば「淀藩」という藩もあったレベルなのだ。 やはり淀は淀と呼ぶのが正しいのだ。 淀城は今は現存しておらず、城跡が公園になっているので競馬のついでに興味がある方は行ってみるとよい。 すごく細かい話をしていくと、淀は今でこそこんな地形だが、河川改修や干拓が行われる前はまたこれ全然違う地形で、その歴史を突き詰めていくとすげー面白いのだが、ここはそういうブログではないので、この辺でやめておこう。 ちなみに京都競馬場にもその名残が残っているのだが、まあそれは後半に述べることにしよう。 *淀川水系の歴史を詳しく知りたい方はこのウェブサイトが非常に参考になります 『三川合流物語ーーー 渡し、淀城、巨椋池 ーーー』 だいぶ淀の話で変な方向に行ってしまったが、ではなぜこの淀の地に競馬場が建つことになったのかという話をしていこう。 京都の競馬の歴史は1907年3月に京都競馬会という団体ができたところに端を発する。 この団体が1907年に京都の島原に作ったのが初代の「京都競馬場」である。 島原というのは京都市中心部のやや西寄りの界隈で、かつての花街としても知られる場所だが、競馬場は丹波口駅の西側にあったようなので、島原のもうちょっと向こう、くらいのイメージになろうか。 この旧・京都競馬場(島原競馬場)では1913年まで競馬が行われたが、この年何があったかはよくわからないが、競馬場施設が焼失。 これを機に一気に田舎に飛び、京都府船井郡須知町 現・京丹波町 へ移転。 この競馬場は須知競馬場と呼ばれて、年に数回だけの開催だったようだ。 その後1923年に旧競馬法が施行され、馬券の発売が合法化されると、ある程度収益が見込める土地に移ったほうがいいだろうという話になり、その先として淀が選ばれて1925年の12月から、現在地での競馬開催が始まり、今日に至っている。 なぜ淀が選ばれたのかというのはきちっと文献にあたっていないのであれだが、想像でものを言うと、先ほども少し触れたとおり淀では河川改修やらが行われていたため、まとまった広い土地が手に入りやすかったという理由があったのかと思う。 ウィキペディアを読むと、当初は沼地のような土地だったため馬場が悪く、馬場に畳床を敷き詰めて改良したなんて逸話もあるそうだ。 先人たちの競馬への情熱へは頭が下がるぜ。 京都競馬場は馬場の中央に湖があり、そこで飼われている白鳥(スワン)が、この競馬場の象徴にもなっているが、これは適当に掘って作ったものではなく、もともとあった三日月湖を利用してできた湖なのである。 先述した京都競馬場に残る河川改修の名残っつーのはこういう訳である。 そんなこんなで淀の地にできた京都競馬場だが、その後は関西の主幹場として数多くのレースを開催し、事実上西日本を代表する競馬場となっている。 実際、阪神競馬場の入場者数レコードが約9万3000人(収容能力8万人)なのに対して、京都競馬場は約14万3600人(収容能力12万人)であることを考えても、阪神競馬場と同格というよりは、京都のほうがやや上と捉えてよいだろう。 開催日数や売り上げ規模の面でも、東京競馬場には及ばないものの、年によっては中山競馬場を上回ったりする。 先ほど西日本をと申し上げたが、日本を代表する競馬場だと言ってしまっても変な話ではない。 個人的にも京都競馬場は何度も訪問をしている思い出深い競馬場だ。 初めて訪問したのは確かまだ学生だった2008年1月の京都金杯の日。 帰省していた名古屋から日帰り旅行で行った記憶がある。 勝ち馬はエイシンデピュティ。 バッサリ切ったら普通に勝たれてしまって、センスがない負け方をした。 その年の宝塚記念もわざわざ阪神まで雨の中見に行ったら、そこでもエイシンデピュティを切ったら勝たれてしまい、この年はエイシンデピュティにやたらと翻弄された年になっちまった記憶がある。 その後、09年夏に大阪に転居してからも、天皇賞春、菊花賞などのG1レースをはじめ、平場の開催までたびたび足を運ぶ競馬場となっている。 いろいろ見た京都競馬場のレースの中でも印象深いのが09年のエリザベス女王杯だ。 行った行ったのクィーンスプマンテとテイエムプリキュア、動かない後方集団。 どよめく場内。 最後の直線では方々から悲鳴が飛んだが、自分は悲鳴さえ出せない馬券を握りしめて呆然とするしかなかった(だからスタート地点の写真しか残っていないのである)。 目の前で見ていた大学生が帯を取って、横のオッサンはブエナビスタ2着付け3連単の1・3着総流しを持っていたため、冗談でなくハニワ顔のまま膝から崩れ落ちていた。 あれはまさにカオスであった。 ちなみに荷桁の本命はカワカミプリンセス。 センスねえ・・・。 あまり個人的な話をしているとキリがないが、私的な京都競馬場の思い出はこんな感じである。 そんなわけで、しばらくは歴史ある淀の地にある京都競馬場の様子をじっくりご紹介してまいりますので、よろしくお願いいたします。 *この競馬場が好きな方はこちらの競馬場もお好きだと思われます。 *京都競馬場に関する記事は以下にもあります。

次の

阪神競馬場リニューアルコースを徹底解剖!

京都 競馬 場 改装

前走は芝スタートの不利枠2番からポーンと勢いよく発馬。 促しつつ中団からの競馬で直線追い込んできての3着。 上がり3ハロン37. テンが36. 0秒と遅いところからの上がりだが、伸びる脚はあるのは距離延長に向く。 馬券的には様子見がいいかと。 相手・メイショウマコモ、ヒデノサードニクス、バーミーズ、ディーシャイン、ファンキーゴールド、ジャスパーエース 外枠替わりは歓迎かと 、ストレプトカーバス。 2月の京都11着で何があったのか? 次走、デゼルの勝った芝1800mでどうして逃げたのか? 2月の京都。 発馬後軽く促しつつ先行3番手4番手まで一度行った。 しかし、外から半馬身擦って来る馬に入られてフワッとして下がりっぱなし。 立て直せず。 残したのは・イチジン、ハクアイオウ、クリアショット、クリノウマーベラス、サトノスライヴ、メイショウルイス、ルドンカズマ。 土曜・京都競馬2レース。 ハクアイオウの距離延長。 前走は初出走。 出遅れてスピード乗らず、後方からも3角あたりでまくって上昇。 しかし、内5頭ほど外目を回すトホホなコーナー。 ここまで外回るとあっちこっちでバレるオッズだろうけど。 — たけたけっ tktktu 土曜・京都競馬2レース。 デスマッチヤンキー。 前走の出遅れ方が、ゲートに結構馬体が残る出遅れで「どうしたんっすか?」と、レース映像に話しかけそうになった ただのアブナイヒトだろ。 雁行の中、外から内へ切れ込むように入って来たアポロリリーが内の馬を擦って先行した影響で、シャトンなど3頭が挟まれて後方へ下がって行く不利発生。 シャトンはスペースが空いていたこともあり、後方まで下がることに。 道中は内目で脚溜めつつ追走。 3角-4角、少し距離ロスしつつ回って大外へ出して行って追う。 モタれたようで、ほとんど追ってない状態も上がり最速。 4走前の東京芝1800m。 この時の競馬はテンから中間からハイペースな流れを3番手4番手のインで追いかけての2着。 その後、距離延長しなくってもよかった感。 名前に記憶があると思ったら、その挟まれた前走馬券買ってた! 記憶力とは?。 相手・ロバートソンキー、アチェロイス、ブライドグルーム、ナリノオルフェ、ロッソビアンコ、ドリームメッセージ、ビービーグエル、ムーンフェアリー。 福島2レース・シャトン。 距離ロス無くなりそうな枠順もいいし〜と複勝仕込んでた。 上がり最速 笑。 鼻出血明け、カシマホオズキの複勝が正解じゃった。 — たけたけっ tktktu スポンサーリンク.

次の