オーボエ 奏者。 オーボエ:荒木 奏美

オーボエ奏者の知っておきたい奏者やおすすめCD、楽曲(ソロ)の紹介

オーボエ 奏者

楽器の性質は、人の特性を惹きつけるもの。 たとえば、そのコントロールの難しさからギネスワールドレコードで 「もっとも難しい木管楽器」と認定され、リード(葦で作られた吹き口)を自分で作らなければならないオーボエは、 職人気質の人を呼び寄せると言われています。 このたびは、第88回日本音楽コンクールで優勝を果たしたオーボエの 山本 楓(やまもと かえで)さん のインタビューをお送りします。 楓さん曰く、「リードはいくら愛を注いで作ってもよいものができるとは限らない」ため、「何度も裏切られて裏切られて、たまに報われる」ような苦労があるにも関わらず「 その独特の音色に魅せられてしまった」のが オーボエ奏者なのだと言います。 今回のインタビューでは、2020年2月末に終えたコンクールのガラコンサートのようすから、コンクール挑戦中の心境、学生時代や留学中のお話をうかがっていきます。 山本 楓(やまもと かえで) 栃木県出身。 東京藝術大学を卒業後、同大学大学院音楽研究科、及び英国王立音楽院にて修士課程を修了。 2013年第18回コンセール・マロニエ21木管部門第2位。 2017年第34回日本管打楽器コンクール入選。 2019年第88回日本音楽コンクール第1位、あわせて瀬木賞受賞。 これまでにオーボエを斎藤享久、田渕哲也、河野剛、青山聖樹、和久井仁、小畑善昭、C. ニックリンの各氏に師事。 コールアングレをS. ボーリング氏に、バロックオーボエを三宮正満氏とK. スプレッケルセン氏に師事。 現在は、都内のオーケストラを中心に客演を務める他、アンサンブルやソロでも積極的に演奏活動を行なっている。 ぱんだウインドオーケストラ、MCFオーケストラとちぎ メンバー。 日本音楽コンクール、三度目の挑戦 — 改めまして、日本音楽コンクール優勝おめでとうございます。 まずは先日終えたばかりのガラコンサートのことを聞かせてください。 「ガラコンサートでは ユージン・ グーセンス(1893 — 1962)の オーボエ協奏曲を演奏しました。 グーセンスは弟のレオン・グーセンス(1897 — 1988)が本当にすばらしいオーボエ奏者で、彼の演奏は今聴いても『この時代にこんな工夫とアイデアをもって演奏をした人がいるのか……!』と思わせられることがたくさんあります。 このオーボエ協奏曲はそんな弟のために作曲家のお兄さんが書いたもので、編成も大きいからなかなか演奏機会に恵まれないけれど、ずっとやってみたいと思っていたんです。 ガラコンサートに出演させていただけることになって『せっかくの機会だから!』とダメ元で希望してみたら演奏できることになって、わたしも初めて取り組みました。 共演した指揮の太田弦さんも、東京フィルハーモニー交響楽団のみなさんにとっても初めてだったそうで、実際にオーケストラの皆さんが使っていた レンタル譜に書き込みがなく真っ白だったのを見て、 本当にこれまで演奏されてなかったんだな、と実感させられました。 リハーサル時間も限られていた中、新しい曲を用意していただいたのは恐縮で、わたしの地元、栃木県高根沢町の名物・きんとんまんじゅうを差し入れでお持ちしました(笑)」 — きんとんまんじゅう、ちょっと和みます。 そんなガラコンサートに至るまで、三度の予選と本選の舞台を経験されたわけですが、どのような心持ちで挑まれたのですか。 「日本音楽コンクールのオーボエ部門は3年に1度の開催で、国内のオーボエ奏者はこの機会を待ってみんな受けます。 年齢制限を考えると自分は今回が最後から二番目のチャンスで、三度目の挑戦。 前回は三次で敗退したので『そろそろ結果残せてもいいんじゃないか』と自分にプレッシャーをかけながら挑みました。 でもふたを開けたら課題曲が結構斬新で、まず一次予選にアーノルド(Malcolm Arnold・1921 — 2006)という作曲家の、誰も吹いたことがないような小品が出て驚きました。 オーソドックスなレパートリーなら経験値が高い人ほど有利ですが、今回はほとんどの人にとって初めての曲なので、もう大学を卒業している大人たちは ほかの演奏の仕事をしながら曲をゼロから作り上げることになり、生活の大部分を自分の勉強に使える若い学生さんたちが脅威でした。 落ちるなら一次かもしれないとも覚悟して、発表を見るまでかなりどきどきしました。 二次予選の曲は、誰にとってもハードだったと思います。 自分は3曲とも過去に取り組んだことがあったから越えられましたが、この課題曲がレパートリーになかったらかなり大変だったと思います。 三次予選は前回悔しい思いをしたときと同じ、モーツァルトの協奏曲でした。 そのときはリードがうまくいかなくて、演奏も自分で納得できるものではなく、本当に悔しくて終わったあとすごく泣いたので(笑)、 今度こそ納得できる演奏をしたいという気持ちがありました。 結果が書かれた紙が張り出された瞬間、遠目に数字が3つ見えたのですが、目が悪いから何番か見えていなくて『いつもなら4人は本選に残るのに今回は少ないなあ……』と思いながら恐る恐る近づいたら、自分の番号を見つけました」 — 予選で思いがけないことが続きますね。 でも本選も課題が予想外だったとか…? 「本選は今回完全に自由曲のリサイタル形式で、プログラムを全て自分で決められるのは、わたしが知る限り初めてでした。 プログラムを組むにあたって、まずは どう終わりたいかを考えて、 デュボア(Pierre-Max Dubois・1930 — 1995)の曲を選びました。 そして自由曲といっても時代をまたいだラインナップにすることは規約に定められていたので、そこからバロックを入れて、ロマン派を入れて、と構成していきました。 コンクールに挑戦するのって精神的にかなり病むことだから(笑)、せめて 楽しい曲を演奏することで自分もお客さんも『ふふ』っと終われるようにしたいなぁと思って、イギリス留学中に学内のコンクールの課題曲として出会ったデュボアの『ヴァリエーション』がよいだろうと思ったんです。 ただ耳触りのわりに最後のほうなんて運指なんかもすごく難しいんですけどね……! ロマン派も2019年に出場したスイスのコンクールの課題曲だった ワルナー(Leopold Wallner・1847-1913)を入れて。 誰も知らないような曲だったけど、そうして海外で仕入れてきた曲を入れていくことで、聴く人に新しい曲をご紹介できたらおもしろいなと思いました。 本選の翌日に出た新聞の講評では選曲についてもお褒めの言葉をいただいたので、結果的にこのプログラムはよかったのかなあと思います」 本選終了後に、ピアノ伴奏の宇根美沙惠さんと。 — 1位の所感はいかがでしたか。 「反響の大きさには驚きました。 結果はよくも悪くもわかりやすいものだから、自分が物事に取り組んでいる姿勢は受賞前と後で変わらないけど、周りの人の反応によって本当に一位を取ったんだなと実感させられた部分はあります。 家族が喜んでくれたのは何よりだったし、演奏は聴いていなくても新聞記事を読んだ地元の友達が連絡をくれたり、これまでお世話になった先生方や、奨学生としてご支援いただいた財団の方によい報告できたのは嬉しかったです」 縁とタイミングが生んだ英国留学 — 先ほどの「海外で仕入れてきた曲」というフレーズが印象的ですが、事実お国ごとに音楽のカラーはありますよね。 楓さんはどうしてイギリスを留学先に選んだのでしょう。 「修士1年目の終わりに、学校の交換留学制度を使って一度、英国王立音楽院(ロイヤル・アカデミー)に1カ月の短期留学をしたんです。 それがとてもよい経験だったから、ぜひこの学校で学んでみたいなと興味をもちました。 特にオーボエのニックリン先生が『機会があったらぜひおいで』と言ってくださったのは、自分にとって大きかったです。 一度ドイツ留学を試みて、いろいろなことを検討したけれど、先生と巡り合うことや、指導枠の空き状況により合否が左右されるなど、状況がうまく整わなくて諦めた経験があったので、 留学の実現には縁とタイミングが大事だと痛感していました。 だからせっかく先生にそう言ってもらえるなら、その機会を生かしたいと思ったんです」 — 縁とタイミング……人生の中で決断を迫られるたびにリフレインしそうなフレーズです。 在学したロイヤル・アカデミーの雰囲気はいかがでしたか? 「印象に残っているのは、マスタークラスやちょっとした発表の場で、学生同士がお互いの演奏に対して忌憚(きたん)なくオープンに意見を言い合う雰囲気です。 アカデミーではパフォーマンスクラスと呼ばれる、普段習っている先生とは別の先生のレッスンを受けながら、複数人でお互いの演奏を聞き合う活動があります。 そこでは先生からほかの学生の演奏に対して思ったことを尋ねられることも少なくありません。 それって自分の母国語である日本語でも難しいことだと思うのですけれど、王立音楽院の活動の中で、学部生も院生もよい意味で遠慮なく、お互いに率直な意見を伝えるシーンを目の当たりにして、とても勉強になりました」 王立音楽院でオーボエ四重奏に取り組んだときの1枚。 筆者もヴァイオリンで共演しました。 — ロンドンは楓さんから見てどんな街でしょう。 「そうですね、 ロンドンは学生に優しい街で、学生特権でさまざまなコンサートのチケットをお手頃な価格で購入できたり、美術館や博物館の常設展が全て無料で見らたりするので、お金をかけずともいろいろなアートに触れることができます。 近視のせいもあるかもしれないけれど(笑)、手元で見られるものが好きで、よく銀食器のコーナーの本当に繊細な装飾がほどこされたスプーンをじーーっと見つめていました。 近現代アートに特化している テート・モダン(Tate Modern)も好きですね」 オーボエとピアノで悩んだはずがフルート担当に!? 音楽を始めたきっかけ — 2018年に留学を終えて、休学していた東京藝大に復学されたわけですが、そもそもどういった経緯でオーボエに出会って、藝大に進学されたのでしょう。 音楽を始めたきっかけを教えてください。 「もともと幼い頃はピアノをやっていました。 オーボエと出会ったのは、宇都宮のジュニアオーケストラの演奏会です。 兄がジュニオケでティンパニを叩いていたので聴きに行ったときに、そこで オーボエってすてきだなと憧れました。 その頃オーボエ奏者の宮本文昭さんのCDもヒットしていて、図書館で借りてきて『オーボエの音色いいなぁ』と思いながら聴いたことを覚えています。 そうしてオーボエに興味をもっていたので、中学校に進学するときに吹奏楽部に入ろうかなと思いました。 でも小学生の頃はコンクールに出るくらいピアノをがんばっていたから、 ピアノをとるか吹奏楽部に入るか悩んで、決めきれずに大泣きして……」 — そのときの、ご家族のリアクションは……? 「自分で決めなさいと(笑)。 よくよく自分のことを考えて、もしピアノをがんばるとしたら、子供の頃に骨折をしたことがある左手が練習の負荷に耐えられるだろうかとも思ったし、ピアノを弾くことはほとんどひとりで取り組むものだけれど、 誰かと一緒に演奏するのは楽しそうと思って、吹奏楽部を選びました。 ところがそのとき学校の備品にオーボエがなくて、入部してすぐは学校で借りられたフルートを担当することになりました。 でもフルートを吹きながらずっとオーボエを横目に『いいなあ』という思いがあったので、2年生になる頃、両親にお願いして楽器を買ってもらってオーボエを始めました。 と言ってもフルートを吹くのも楽しかったから、今でもたまに吹かないこともないです(笑) 結局吹奏楽部に入っていたのは中学時代だけですが、兄のいたジュニオケにも入って、そちらは高校2年生くらいまで参加していました。 オケの曲はもともと聴くのが好きだったから、自分で演奏できるのは楽しいなあと思っていました」 — 高校は普通科で学ばれたんですよね。 音楽と学業はどのように両立させていましたか? 「今考えると、高校時代はよくがんばったなと思いますね。 高校に入った頃、音楽をより深く学びたいなと思って、それなら国立である東京藝大に行きたいと目標を設定したけれど、学校は進学校だったので周りは勉強モード。 その雰囲気を崩したくなくて、周りに取り残されないように最低限の予習復習はしようと思って、お昼ご飯食べながら勉強したり、なるべくバスや電車の時間を使って勉強を済ませたりして、帰宅したら楽器の練習に時間を使えるようにしていました。 どこか頑固なところがあるというか、やるって決めたらやる、という性格が手伝ってやり遂げましたけれど、10代だったからできたとも思います。 今もう一度、と言われたらちょっとしんどいかな……(笑)」 — シビアな受験勉強を経て大学に進学したとなると、少し開放感もあったのでしょうか。 「高校時代がそんなふうにかなりストイックだったので、大学では音楽だけに全ての時間を使えるということが、 これってもしかしてすごく幸せなのでは? と思いました。 ですが、いざ入学してみると、周りには天才と呼ばれているような人もいれば、音楽高校出身の人は知識が多いし、そもそも東京にいるってことにどきどきしちゃって(笑)、もう常に緊張で呼吸が浅いというか……! 周りに追いつこうと必死に過ごしていた気がいます。 学部の初めの頃は栃木から通っていたけれど、次第に『 リードを作る時間がない!』と思って途中から学校の近くに下宿していました。 よっぽど新幹線に乗っている間に作れたらいいのに! と思った日もありましたけれど、リードを削るのに刃物を使うので、それは無理だな、と」 — リードの準備はオーボエ奏者にとって死活問題ですが、確かに新幹線で刃物は扱えないですね(汗)。 楓さんにとって大学時代のハイライトは何ですか? 「学部1年の必修科目に管打合奏というアンサンブルの授業があって、でも2年生になると上級生とのオーケストラや吹奏楽が始まって学年単位での合奏の機会はありません。 だから管打合奏の最後の授業のあとで『同級生での合奏を続けたいよね』という声が上がって、それが卒業後の今も続いて『ぱんだウインドオーケストラ』として活動しています。 今はそれぞれのフィールドで頑張っているみんなが、ひとたび集まると学生時代に戻ったみたいに打ち解けられるし、同級生という安心感があるから、音楽のやりとりもいろいろなことに挑戦できるのが楽しくて。 演奏は毎度、それぞれがやりたいことやって爆発、という感じです。 4・5人での室内楽のグループだって継続することはなかなかできないのに、この人数で活動してるいのって 本当に奇跡みたいなことです。 いろいろな意見をひとつにまとめて団体の運営をするのは簡単ではないけれど、できる限り続いていったらいいなと思います」 オーボエのすてきな曲を届けたい 王立音楽院の卒業式 — 大学院では何をテーマに論文を書かれたのですか? 「最初にお話しした、レオン・グーセンスのために書かれた室内楽作品を集めて比較したりしました。 グーセンスは時代のスターだったので、エルガー、ブリテン、ヴォーン=ウィリアムズなど、イギリスの名だたる作曲家が彼のために曲を書いています。 それらの作品は今日ではオーボエの定番のレパートリーとして残っているものもあれば、知る人ぞ知る名曲もあって、作品を探していく作業は非常におもしろかったです」 — イギリスに留学されていたからこそ、ぜひそういった作品を広めていってほしいです。 啓蒙という点で言えば、後進の指導などは取り組んでいますか? 「地元の強豪校、作新学院の吹奏楽部の指導に携わっています。 特に定期演奏会を聴きに行ったときには、ずっと練習の過程を見ていた子たちが舞台に出て演奏している姿を見て泣けてきちゃって(笑)。 若い子のまっすぐな努力っていいですよね。 ひたむきな姿勢でがんばる生徒さんは本当にかわいくて、指導に一生懸命応えてくれるので、すごくやりがいがあります」 — 定期演奏会で泣けたとは……。 きっと生徒さんも先生のその愛に応えてくれたんですね。 ソロでの演奏、アンサンブルに指導と、様々な活動に取り組まれていますが、最後に、今後 挑戦してみたいことを伺いたいです。 「リサイタルは近々やってみたいですね。 留学の成果をご報告できるような機会をまだ持つことができていないので、それはどこかのタイミングでぜひ実現したいなと思います。 また論文で集めた楽曲は本当にすばらしい作品がたくさんあるので、こういった曲を実際にみなさんにお聴かせできるチャンスがあるといいなあとも思います。 詳細はをご参照ください。 語り口は淡々としていながらひとつひとつのエピソードがエモーショナルで、ピアノと吹奏楽の選択をするときに号泣したり、強い意志で音楽と勉強を両立生活を駆け抜けたり、指導校の演奏会で涙したりと、インタビューを通して楓さんの情熱を感じました。 その反面、近視だからと言って美術館で銀食器をずっと眺めていたことや、コンクールの結果発表がよく見えないといったお話は、マイペースで飾らない人柄を象徴するようです。 静かに熱い意志をもって、物事にじっくり取り組むさまは、まさにオーボエ奏者がリードを作る姿に重なります。 急いでも、数を打ってもだめ。 丁寧に黙々と向き合ってやっとできたリードを伴って、さらに技術や音楽性を磨いた先にあるのが、オーボエの音色なのです。 ご本人は「だからオーボエ吹きってちょっと変態かもしれない」とユニークに表現されていましたが、ほかの人にはまねできない職人技を貫くオーボエ奏者に、筆者は感嘆が止まりません。

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オーボエ奏者・佐藤亮一さんのプロフィール

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荒川 文吉 Bunkichi Arakawa プロフィール 1992年東京都出身。 12歳よりオーボエを始める。 東京藝術大学卒業。 現在、同大学院音楽研究科修士課程在学中。 これまでにオーボエを池田昭子、広田智之、青山聖樹、小畑善昭の各氏に、室内楽を守山光三、和久井仁、岡本正之、小池郁江、高木綾子、植田克己、十亀正司、三界秀実、有森博の各氏に師事。 また、オットー・ヴィンター、ディートヘルム・ヨナス、トーマス・インデアミューレ、モーリス・ブルグ、ハンスイェルク・シェレンベルガー、ジェローム・ギシャール、ジョヴァンニ・デ・アンジェリ、ローラン・ペルヌー各氏のマスタークラスを受講。 2013年第82回日本音楽コンクールオーボエ部門第2位ならびに岩谷賞(聴衆賞)受賞。 2014年第31回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位ならびに文部科学大臣賞、東京都知事賞受賞。 これまでに、ソリストとしてダグラス・ボストック指揮藝大フィルハーモニア、山下一史指揮東京ニューシティ管弦楽団と協奏曲を共演。 公益財団法人青山財団平成25年度奨学生。 2014年、大学4年在学中に東京フィルハーモニー交響楽団に入団。 現在、同楽団首席オーボエ奏者。 愛用楽器 、 池田 祐子 Yuko Ikeda プロフィール 神奈川県出身。 洗足学園大学音楽学部卒業。 オーボエを虎谷迦悦氏に、室内楽を中川良平氏に師事。 国際芸術連盟コンクール室内楽部門で優秀賞受賞。 桐朋学園嘱託演奏員、「子供のための音楽教室」講師を経た後、ロイヤルチェンバーオーケストラ首席奏者を務める。 また、静岡交響楽団、九大フィル、鹿児島大管弦楽団ともコンチェルトを共演。 室内楽でも「風の五重奏団」として三鷹市芸術文化振興財団によるアウトリーチ事業や、文化庁派遣事業などで全国で公演を行い、CDを4枚リリースしている。 現在、東京ニューシティ管弦楽団団員。 愛用楽器 大島 弥州夫 Yasuo Oshima プロフィール 大阪音楽大学首席卒業後、東京音楽大学大学院にて宮本文昭、広田智之、古部賢一の各氏に師事。 小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団、霧島国際音楽祭等に参加。 NHK-FM「名曲リサイタル」出演。 ソリストとしても様々なオーケストラと共演。 現在、いずみホールのレジデントオーケストラ「いずみシンフォニエッタ大阪」メンバー、大阪フィルハーモニー交響楽団オーボエ奏者。 大阪音楽大学非常勤講師。 愛用楽器 、 大庭 蓉子 Yoko Ohba プロフィール 神奈川県出身。 12歳よりオーボエを始める。 東京音楽大学器楽科卒業。 2011年度第10回東京音楽大学コンクール管打楽器部門にて第2位受賞。 第26回宝塚ベガ音楽コンクール木管楽器部門にて第5位受賞。 第31回日本管打楽器コンクール オーボエ部門入選。 第29回宝塚ベガ音楽コンクール木管楽器部門にて第3位受賞。 2012年3月、東京音楽大学シンフォニーオーケストラヨーロッパ演奏旅行に参加し、チェコ、ハンガリー、ウィーンの各地にて演奏会(指揮:小林研一郎氏)に出演。 2012年6月、東京音楽大学校友会神奈川支部 第16回新人演奏会、第4回ドルチェ楽器デビューコンサートin東京に出演。 オーボエをこれまでに、広田智之氏に師事。 また、ヘルムート・ヴィンシャーマン氏の公開レッスンを受講。 室内楽をこれまでに、中野真理、故 内山洋、宮本文昭、安原理喜の各氏に師事。 現在、(公財)千葉交響楽団オーボエ奏者。 愛用楽器 YOB-831HG、 蠣崎 耕三 Kozo Kakizaki プロフィール 1983年京都市立芸術大学音楽学部を首席で卒業。 在学中、第51回日本音楽コンクール入選。 1984年DAADドイツ政府給費留学生としてミュンヘン音楽大学大学院へ留学。 留学中、ベルリン放送交響楽団、ミュンヘン・バッハ管弦楽団、ヨーロッパ室内管弦楽団など数多くのオーケストラに客演。 1987年帰国。 第4回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位入賞。 札幌交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団を経て、現在読売日本交響楽団首席オーボエ奏者を務める。 紀尾井シンフォニエッタ東京のメンバーとして、また独奏者、室内楽奏者としても活躍するかたわら桐朋学園大学准教授として後進の指導にも当たっている。 岩崎勇、ギュンター・パッシーンの各氏に師事。 愛用楽器 田渕 哲也 Tetsuya Tabuchi プロフィール 宇都宮短期大学附属高校音楽科を経て東京藝術大学器楽科オーボエ専攻卒業。 東京文化会館新進音楽家オーディション合格、同会館デビューコンサート出演。 第2回浜松国際管楽器フェスティバルに於いて新人演奏会出演。 オーボエを斎藤享久、鈴木尚雄、河野剛、小畑善昭、G・シュマルフスの各氏に師事。 室内楽を山本正治、四戸世紀、岡本正之、指揮を城谷正博の各氏に師事。 現在、演奏の傍ら後進の指導にも力を注いでいる。 洗足学園音楽大学、宇都宮短期大学、同附属高校音楽科、石川県小松市立高校芸術コース、新潟中央高校音楽科非常勤講師。 MCFとちぎオーケストラ、アンサンブル「イヴローニュ」オーボエ奏者。 愛用楽器 中根 庸介 Yosuke Nakane プロフィール 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京藝術大学卒業。 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。 東京藝術大学在学中2年間、ドイツ、トロッシンゲン音楽大学に留学。 平成17年度文化庁芸術家在外研修員。 リューベック音楽大学卒業。 別府アルゲリッチ音楽祭、リゾナーレ音楽祭など、国内の主要な音楽祭に参加したほか、独奏者、室内楽奏者としての活動や、国内外のオーケストラに客演するなど、幅広い活動を行ってきた。 また、オーボエの基礎奏法やリード製作とその周辺技術を研究を行い、ボーザウ、リューベックのサマーコースにアドバイザーとして招かれたほか、国内のマスタークラスにて、通訳、アドバイザーとして招かれるなど、後進の指導にも当たってきた。 東京藝術大学管弦楽研究部非常勤講師(芸大フィルハーモニア・オーボエ奏者)を経て、現在、滋賀大学教育学部准教授、滋賀県立石山高等学校音楽科、大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース非常勤講師。 愛用楽器 YOB-832L 西沢 澄博 Kiyohiro Nishizawa プロフィール 1979年青森県弘前市出身。 中学校の吹奏楽部でオーボエをはじめる。 1998年、東京音楽大学へ入学。 2000年、京都国際音楽学生フェスティバルに参加。 室内楽とオーケストラの公演に参加した。 2002年東京文化会館新進音楽家デビューオーディションに合格(ソロ・室内楽の2部門)。 東京文化会館大ホールで行われた合格者によるガラ・コンサートに出演。 2002年東京音楽大学卒業。 卒業直前に受けたオーディションに合格し卒業と同時に仙台フィルハーモニー管弦楽団に入団。 同年、小澤征爾氏とチェロのロストロポーヴィチ氏が行った「キャラバン2002」のメンバーに選ばれ東北各地で演奏を行った。 オーケストラ以外にソロや室内楽活動も盛んに行い「仙台クラシックフェスティバル2008」ではオーボエのソロコンサートを、2012年には仙台フィルの262回定期演奏会においてR.シュトラウスのオーボエ協奏曲のソリストとして登場した。 また仙台フィルが劇中の音楽を担当した映画「剱岳・点の記」では独奏曲を担当した。 これまでにオーボエを宮本文昭、安原理喜の両氏に師事。 また、アフィニス夏の音楽祭においてV. シュトルツェンベルガー、K. クリユスの各氏の指導を受ける。 現在、仙台フィルハーモニー管弦楽団首席オーボエ奏者。 また、仙台ジュニアオーケストラ講師。 愛用楽器 YOB-832HG -Blue Sapphire- 姫野 徹 Tohru Himeno プロフィール 1963年生まれ。 国立音楽大学卒業。 オーケストラを中心に活動するが絵画などのアートや舞踊、またクラシックに限らず多方面にわたる芸術分野に刺激を受け多くのアーティストと共演してきた。 '91渡独し研鑽を積む。 (公財)千葉交響楽団にてオーボエ奏者を務める一方室内楽、ソリストとしてコンチェルト、また海外のオーケストラの来日公演などでの客演ソロ奏者としての活躍もめざましい。 「ドイツの響きを継承する美しい音」と称されるほどその音色はやさしく、詩的な音楽は人々を魅了してやまない。 クリスチャン音楽家の集まりであるユーオーディア メンバー。 共にレコーディングした「ユーオーディア・ワーシップ」や「イエスのみうでに」におけるコンチェルト等CDの収録も多数あり好評を博している。 またこれまでにリサイタルの模様が放送されるなどのTV出演も多い。 '12に初のソロ・アルバム「OBOE MY SOUL」がリリースされた。 オーボエを似鳥健彦、丸山盛三、インゴ・ゴリツキの諸氏に師事。 ユーオーディア アカデミー講師として後進の指導にもあたっている。 愛用楽器 YOB-832HG -Blue Sapphire-、 広田 智之 Tomoyuki Hirota プロフィール 国立音楽大学在学中に、日本フィルハーモニー交響楽団に入団。 日本フィルの首席オーボエ奏者、ソロ・オーボエを経て、現在東京都交響楽団の首席オーボエ奏者を務める。 また、紀尾井シンフォニエッタ東京、オイロス・アンサンブル、カスタム・ウインズのメンバーとしても活躍し、リサイタルや室内楽でも精力的に活動を行う。 これまでに日本フィルをはじめ、東京都交響楽団、東京シティ・フィル、ミラノ・スカラ座弦楽合奏団、チェコ・チェンバーソロイスツ、ザルツブルグ室内オーケストラ、モスクワソロイスツ、ベトナム国立交響楽団など、国内外のオーケストラ、室内楽団とコンチェルトを多数協演。 NHKの芸術劇場やFMリサイタルにも度々出演する。 多忙なオーケストラ活動とともに、近年は映像音楽の分野でも目覚しい活躍を続けており、クラシックにとどまらず、ポップス、ジャズやロックなどのジャンルレスな活動が注目を集める。 ソロCDはビクターエンタテインメントより「ロミオとジュリエット」「ダブリン・カフェ」「青の宇宙」、オクタヴィア・レコードよりJ. バッハ作品集「パルティータ」、「モーツァルト オペラ デュオ」、J. バッハ作品集「アフェトゥオーソ」、「Morceau de Salon -オーボエ有名ソナタ集-」、「ファンタジー・パストラール -20世紀オーボエ作品集-」、「R. TOMO・Hirotaー」(2016年4月22日リリース)、日本アコースティックレコーズより「カメレオン・バッハ ChameleonBach」がリリースされている。 日本音楽コンクール、日本管打楽器コンクールなど主要コンクールの審査員を務め、現在は、上野学園大学特任教授、桐朋学園大学特任教授として後進の指導にも努めている。 日本オーボエ協会常任理事。 愛用楽器 YOB-832HG、YOB-832HG -Blue Sapphire-、 松岡 裕雅 Hiromasa Matsuoka プロフィール 東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 第10回日本管打楽器コンクールオーボエ部門入賞ほか、各種コンクールにおいて高い成績を残す。 1992年日本フィルハーモニー交響楽団入団。 日本ダブルリード株式会社サロンにて42ndStepFowardConcert 松岡裕雅オーボエリサイタル開催。 浜離宮朝日ホールにてヤマハリサイタルシリーズVol. 18松岡裕雅オーボエリサイタル開催。 これまで、サイトウ記念オーケストラ、飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ、アジアフィル等にも参加。 ソリストとしてバッハ、マルチェッロ、チマローザ等から吹奏楽の分野でリムスキーコルサコフ、バーンズ、フェランなどの作品を多くの団体と共演。 現在、Ensemble Eau de Vie主宰、WindbagQuintetメンバー、東邦音楽大学・大学院講師、日本オーボエ協会常務理事、日本フィルハーモニー交響楽団オーボエ奏者。 愛用楽器 、 宮村 和宏 Kazuhiro Miyamura プロフィール 1979年神戸生まれ。 12歳よりオーボエを始める。 東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て2001年東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 95年第3回高校生国際芸術コンクール、2000年第69回日本音楽コンクール、それぞれオーボエ部門第1位。 01年東京交響楽団とユーク・バウアー作曲「コンチェルト・ロマーノ」を日本初演。 08年第19回瀬戸フィルハーモニー交響楽団定期演奏会でR.シュトラウスのオーボエ協奏曲のソリストを務めた。 これまでに、ソリストとして東京佼成ウインドオーケストラ、東京交響楽団、東京ゾリステン、瀬戸フィルハーモニー交響楽団等と共演。 リサイタル活動も活発に行っており、主なものとしては01年12月、02年2月の連続デビューリサイタル「1st. バロック・古典」(石橋メモリアルホール)「2nd. また、国内外のオーケストラの公演に客演首席奏者として多数参加している。 これまでに平手七重、福田由美、広田智之、高橋淳、小畑善昭、松山敦子の各氏に師事。 現在、東京佼成ウインドオーケストラオーボエ奏者、副コンサートマスターを務める傍ら、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学で非常勤講師として後進の指導にも力を注いでいる。 「オーボエレパートリー ポピュラー&クラシック名曲集」(ヤマハミュージックメディア刊)等を監修。 愛用楽器 YOB-832HG -Blue Sapphire-、、 最上 峰行 Takayuki Mogami プロフィール 桐朋学園大学音楽学部中退。 オーボエを鈴木繁、似鳥健彦、蠣崎耕三、宮本文昭各氏等に師事。 第69回日本音楽コンクール・オーボエ部門第3位入賞。 これまでに国内主要オーケストラにゲスト首席奏者として多数客演する他、小澤征爾音楽塾、サイトウキネンオーケストラ、宮崎国際音楽祭等に参加。 ソリストとして、プラハ国民劇場管弦楽団、セントラル愛知交響楽団、等と共演。 またスタジオミュージシャンとしても活動し、数多くのアーティストの作品、映画、ドラマ等のレコーディングに参加している。 現在、東京交響楽団オーボエ奏者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師、東海大学教養学部芸術課程非常勤講師。 ARCUS、クインテット・アッシュ、エロイカ木管五重奏団、各メンバー。 愛用楽器 安原 太武郎 Taburo Yasuhara プロフィール 東京音楽大学付属音楽高等学校を経て、東京音楽大学卒業。 ドイツ・カールスルーエ音楽大学、大学院修了。 第15回かながわ音楽コンクール管楽器部門総合第1位。 小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト「ドン・ジョヴァンニ」、ロストロポーヴィッチ・コンサートキャラバン2002、2005に参加。 サイトウ・キネン・フェスティヴァル松本「ふれあいコンサート」に出演。 アフィニス夏の音楽祭2011広島に参加。 これまでに安原理喜、小島葉子、宮本文昭、加納律子、トーマス・インデアミューレの各氏に師事。 現在、セントラル愛知交響楽団オーボエ奏者。 名古屋芸術大学、金城学院大学非常勤講師。 愛用楽器 末政 圭志 Keiji Suemasa プロフィール 京都市立芸術大学、北西ドイツ音楽大学(デトモルト)卒業。 オーボエを梅原美男、岩崎勇、ヘルムート・ヴィンシャーマン各氏に師事。 1976年、田中賞受賞。 1976-1979年DAAD(ドイツ給費)奨学生。 ドイツバッハゾリステン、ティボール・ヴァルガ室内管弦楽団、フランクフルト室内管弦楽団メンバーとして、ヨーロッパ各地の演奏会、音楽祭に参加。 また、国内外で数々のソロリサイタル、室内楽演奏会を開催。 ケルン放送局、ラジオ・ブレーメン、スイス放送局、NHK・FM、東急ケーブルテレビに出演。 1991年、ブレーマーハーフェン市より「カンマームジカー」 の称号を得る。 1990-1992年、同市文化委員会会員。 1995年、1997年 ドイツ青少年音楽コンクール・ブレーメン地区予選管楽器部門審査員。 2003年浜松国際管楽器アカデミーアドバイザー。 現在、フィルハーモニー管弦楽団ブレーマーハーフェン首席ソロオーボエ奏者。 日独協会ブレーメン、文化日独コミュニティー会員。 愛用楽器 YOB-822CWG 髙島 拓哉 Takuya Takashima プロフィール 北海道釧路市生まれ。 北海道教育大学札幌校芸術文化課程音楽コース卒業。 オーボエを岩崎弘昌氏に師事。 在学中日本演奏連盟推薦新人演奏会に出演し、札幌交響楽団と共演。 ハイメス(北海道音楽国際交流財団)コンクールにて第一位受賞。 同財団また、北海道文化財団より奨学金を受け、北海道教育大学より交換留学生として2000年、フィンランド、シベリウス音楽院へ留学。 オーボエをヨウコテイカリ氏に師事。 同年、フィンランド、ラハティ管楽器コンクール、オーボエ部門にて第一位受賞。 2001年、同大学卒業と同時にトゥルク交響楽団入団、シベリウス音楽院入学。 2000、2003、2004年、PMFパシフィックミュージックフェスティバルにて、ワレリー" ゲルギエフ、ベルナルト" ハイティンク、ファビ" オルイジ、エド" デ" ワールトら各氏に指導を受ける。 ヘルシンキフィルハーモニックオーケストラ、フィンランド放送交響楽団、シンフォニアラハティ、タピオラシンフォニエッタ、タンペレフィルハーモニックオーケストラなどフィンランド主要オーケストラにて客演を務める。 2007-2008年、トゥルク市より奨学金を受け、フランス・パリのCite Internationale des Arts(国際芸術家都市)にレジデントアーチストとして滞在。 オーボエをジャック・ティス氏に、バロックオーボエをラファエル・パラシオス氏に師事。 2008年シベリウス音楽院を、満場一致の満点で卒業、音楽修士号を取得。 2014年フィンランド" クルーセル国際オーボエコンクール実行委員会所属。 トゥルク交響楽団首席オーボエ奏者。 愛用楽器 YOB-821G ルカ・ヴィニャーリ Luca Vignali プロフィール 1982年にイタリア・ボローニャ音楽院を最高位の成績で卒業。 在学中の1980年にヴェローナ歌劇場首席、1981年にトスカーナ管弦楽団首席を歴任し、1984年満場一致でローマ歌劇場首席奏者のオーディションに合格、現在に致る。 またカラヤン・アカデミーでも学び在籍中はベルリン・フィルのコンサートにも出演、H. カラヤン、L. マゼール、小澤征爾、D. バレンボイムらと共演。 1986年マルティニーで開催された国際音楽コンクールでイタリア人として初めて優勝した。 類稀な才能と高いレベルのオーボエレパートリーへの解釈が評価され2000年フランコ・アルファーノ賞を受賞した。 これまでにローマ・セント・チェチーリア管、RAI国立響、ミラノ・スカラ座管、マントヴァ室内管などイタリア国内の著名オーケストラに客演している。 またスポレート(ドゥエ・モンディ)音楽祭、フェスティバル・オブ・ネーションズなど著名な音楽祭にも招聘されている。 ソリストとしてイタリア国内のオーケストラや室内楽グループとの協演も多く、ヨーロッパ国内を始めアメリカ、日本などにもツアーを行っている。 1988年よりイタリア室内管弦楽団メンバーとして世界中で演奏、コンサートでの模様が放映され好評を博している。 またトスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーとしても活動している。 愛用楽器 水村 一陽 Kazuharu Mizumura プロフィール 1989年湘南出身。 神奈川県立弥栄東高等学校音楽コース卒業 現:神奈川県立弥栄高等学校芸術科。 上野学園大学音楽部音楽学科演奏家コース特待生A卒業。 桐朋オーケストラアカデミー修了。 第23回宝塚ベガ音楽コンクール木管部門入選。 下野竜也指揮、上野学園大学管弦楽団と第60回定期演奏会にてオーボエ協奏曲を協演。 第31回日本管打楽器コンクールオーボエ部門入選。 第34回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第2位。 大阪フィルハーモニー交響楽団2ndオーボエ兼イングリッシュ・ホルン奏者。 オーボエを中山正瑠、田渕哲也、河野剛 、広田智之、森枝繭子、南方総子、三原隆正、池田昭子各氏に師事。 愛用楽器 佐藤 太一 Taichi Sato プロフィール 1987年北海道恵庭市出身。 高校の吹奏楽部でオーボエをはじめる。 2005年洗足学園音楽大学に入学。 2009年同大学を優秀賞を得て卒業、読売新聞新人演奏会(東京文化会館)に出演。 2011-2012年神奈川フィルハーモニー管弦楽団契約団員、2013-2014年N響アカデミー生を経て、2014年九州交響楽団に首席奏者として入団。 これまでに首都圏をはじめ国内各地のプロオーケストラへ、客演および客演首席として招かれ多くの演奏会へ出演。 ソリストとして、洗足学園大学院室内管弦楽団とR. シュトラウス、九響とW. モーツァルトのオーボエ協奏曲を協演。 2016年には九響定期演奏会にてモーツァルト『協奏交響曲』のソリストの1人も務めた。 これまでにオーボエを辻功、細田てるみの各氏に師事。 N響アカデミーにて青山聖樹、茂木大輔、和久井仁各氏のレッスンを受講。 またマスタークラス等でモーリス・ブルグ、ニコラス・ダニエル、フランソワ・ルルー、ダヴィッド・ワルター各氏(オーボエ)や、クリストフ・グランデル氏(コーラングレ)のレッスンを受講。 現在、九響首席オーボエ奏者。 また福岡第一高校音楽科にて講師を務める。 愛用楽器 吉井 瑞穂 Mizuho Yoshii プロフィール 甘い音色と豊かな音楽性で世界の聴衆を魅了する国際派オーボエ奏者。 鎌倉市出身。 東京藝術大学入学後、渡独しカールスルーエ国立音楽大学を首席で卒業。 日本音楽コンクール優勝他、英バルビローリ国際コンクール、日本管打楽器コンクールで入賞。 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団でエキストラ奏者として活躍後、シュトゥットガルト国立歌劇場管の首席奏者を経て2000年からマーラー室内管の首席オーボエ奏者として欧州を拠点に活動している。 同楽団の設立者であるクラウディオ・アバドをはじめ、ギュンター・ヴァント、ニコラウス・アーノンクール、ピエール・ブーレーズ、サイモン・ラトル、ダニエル・ハーディングら世界的巨匠の指揮で演奏を重ねており、欧州の主要音楽祭に数多く出演。 欧州主要オーケストラ、アンサンブルから頻繁に客演首席奏者として招かれている。 ソロや室内楽でも活発に活動を展開中。 室内楽共演者として、テツラフ弦楽四重奏団、レイフ・オヴェ・アンスネス、マーティン・フロスト等がいる。 2015年からはレゾナンス「鎌倉の響き」コンサートシリーズを主宰し、故郷での地域に根差した新たな活動に力を注いでいる。 ニューヨークのマンハッタン音楽院、イギリス、スペイン、ドイツ、コロンビア、ベネズエラ等でマスタークラス教授として招かれ、後進の指導にあたっている。 東京藝術大学非常勤講師。 月刊誌「音楽の友」で『マインドフルネス紀行』を連載中。 愛用楽器.

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日本オーボエ協会

オーボエ 奏者

楽器の性質は、人の特性を惹きつけるもの。 たとえば、そのコントロールの難しさからギネスワールドレコードで 「もっとも難しい木管楽器」と認定され、リード(葦で作られた吹き口)を自分で作らなければならないオーボエは、 職人気質の人を呼び寄せると言われています。 このたびは、第88回日本音楽コンクールで優勝を果たしたオーボエの 山本 楓(やまもと かえで)さん のインタビューをお送りします。 楓さん曰く、「リードはいくら愛を注いで作ってもよいものができるとは限らない」ため、「何度も裏切られて裏切られて、たまに報われる」ような苦労があるにも関わらず「 その独特の音色に魅せられてしまった」のが オーボエ奏者なのだと言います。 今回のインタビューでは、2020年2月末に終えたコンクールのガラコンサートのようすから、コンクール挑戦中の心境、学生時代や留学中のお話をうかがっていきます。 山本 楓(やまもと かえで) 栃木県出身。 東京藝術大学を卒業後、同大学大学院音楽研究科、及び英国王立音楽院にて修士課程を修了。 2013年第18回コンセール・マロニエ21木管部門第2位。 2017年第34回日本管打楽器コンクール入選。 2019年第88回日本音楽コンクール第1位、あわせて瀬木賞受賞。 これまでにオーボエを斎藤享久、田渕哲也、河野剛、青山聖樹、和久井仁、小畑善昭、C. ニックリンの各氏に師事。 コールアングレをS. ボーリング氏に、バロックオーボエを三宮正満氏とK. スプレッケルセン氏に師事。 現在は、都内のオーケストラを中心に客演を務める他、アンサンブルやソロでも積極的に演奏活動を行なっている。 ぱんだウインドオーケストラ、MCFオーケストラとちぎ メンバー。 日本音楽コンクール、三度目の挑戦 — 改めまして、日本音楽コンクール優勝おめでとうございます。 まずは先日終えたばかりのガラコンサートのことを聞かせてください。 「ガラコンサートでは ユージン・ グーセンス(1893 — 1962)の オーボエ協奏曲を演奏しました。 グーセンスは弟のレオン・グーセンス(1897 — 1988)が本当にすばらしいオーボエ奏者で、彼の演奏は今聴いても『この時代にこんな工夫とアイデアをもって演奏をした人がいるのか……!』と思わせられることがたくさんあります。 このオーボエ協奏曲はそんな弟のために作曲家のお兄さんが書いたもので、編成も大きいからなかなか演奏機会に恵まれないけれど、ずっとやってみたいと思っていたんです。 ガラコンサートに出演させていただけることになって『せっかくの機会だから!』とダメ元で希望してみたら演奏できることになって、わたしも初めて取り組みました。 共演した指揮の太田弦さんも、東京フィルハーモニー交響楽団のみなさんにとっても初めてだったそうで、実際にオーケストラの皆さんが使っていた レンタル譜に書き込みがなく真っ白だったのを見て、 本当にこれまで演奏されてなかったんだな、と実感させられました。 リハーサル時間も限られていた中、新しい曲を用意していただいたのは恐縮で、わたしの地元、栃木県高根沢町の名物・きんとんまんじゅうを差し入れでお持ちしました(笑)」 — きんとんまんじゅう、ちょっと和みます。 そんなガラコンサートに至るまで、三度の予選と本選の舞台を経験されたわけですが、どのような心持ちで挑まれたのですか。 「日本音楽コンクールのオーボエ部門は3年に1度の開催で、国内のオーボエ奏者はこの機会を待ってみんな受けます。 年齢制限を考えると自分は今回が最後から二番目のチャンスで、三度目の挑戦。 前回は三次で敗退したので『そろそろ結果残せてもいいんじゃないか』と自分にプレッシャーをかけながら挑みました。 でもふたを開けたら課題曲が結構斬新で、まず一次予選にアーノルド(Malcolm Arnold・1921 — 2006)という作曲家の、誰も吹いたことがないような小品が出て驚きました。 オーソドックスなレパートリーなら経験値が高い人ほど有利ですが、今回はほとんどの人にとって初めての曲なので、もう大学を卒業している大人たちは ほかの演奏の仕事をしながら曲をゼロから作り上げることになり、生活の大部分を自分の勉強に使える若い学生さんたちが脅威でした。 落ちるなら一次かもしれないとも覚悟して、発表を見るまでかなりどきどきしました。 二次予選の曲は、誰にとってもハードだったと思います。 自分は3曲とも過去に取り組んだことがあったから越えられましたが、この課題曲がレパートリーになかったらかなり大変だったと思います。 三次予選は前回悔しい思いをしたときと同じ、モーツァルトの協奏曲でした。 そのときはリードがうまくいかなくて、演奏も自分で納得できるものではなく、本当に悔しくて終わったあとすごく泣いたので(笑)、 今度こそ納得できる演奏をしたいという気持ちがありました。 結果が書かれた紙が張り出された瞬間、遠目に数字が3つ見えたのですが、目が悪いから何番か見えていなくて『いつもなら4人は本選に残るのに今回は少ないなあ……』と思いながら恐る恐る近づいたら、自分の番号を見つけました」 — 予選で思いがけないことが続きますね。 でも本選も課題が予想外だったとか…? 「本選は今回完全に自由曲のリサイタル形式で、プログラムを全て自分で決められるのは、わたしが知る限り初めてでした。 プログラムを組むにあたって、まずは どう終わりたいかを考えて、 デュボア(Pierre-Max Dubois・1930 — 1995)の曲を選びました。 そして自由曲といっても時代をまたいだラインナップにすることは規約に定められていたので、そこからバロックを入れて、ロマン派を入れて、と構成していきました。 コンクールに挑戦するのって精神的にかなり病むことだから(笑)、せめて 楽しい曲を演奏することで自分もお客さんも『ふふ』っと終われるようにしたいなぁと思って、イギリス留学中に学内のコンクールの課題曲として出会ったデュボアの『ヴァリエーション』がよいだろうと思ったんです。 ただ耳触りのわりに最後のほうなんて運指なんかもすごく難しいんですけどね……! ロマン派も2019年に出場したスイスのコンクールの課題曲だった ワルナー(Leopold Wallner・1847-1913)を入れて。 誰も知らないような曲だったけど、そうして海外で仕入れてきた曲を入れていくことで、聴く人に新しい曲をご紹介できたらおもしろいなと思いました。 本選の翌日に出た新聞の講評では選曲についてもお褒めの言葉をいただいたので、結果的にこのプログラムはよかったのかなあと思います」 本選終了後に、ピアノ伴奏の宇根美沙惠さんと。 — 1位の所感はいかがでしたか。 「反響の大きさには驚きました。 結果はよくも悪くもわかりやすいものだから、自分が物事に取り組んでいる姿勢は受賞前と後で変わらないけど、周りの人の反応によって本当に一位を取ったんだなと実感させられた部分はあります。 家族が喜んでくれたのは何よりだったし、演奏は聴いていなくても新聞記事を読んだ地元の友達が連絡をくれたり、これまでお世話になった先生方や、奨学生としてご支援いただいた財団の方によい報告できたのは嬉しかったです」 縁とタイミングが生んだ英国留学 — 先ほどの「海外で仕入れてきた曲」というフレーズが印象的ですが、事実お国ごとに音楽のカラーはありますよね。 楓さんはどうしてイギリスを留学先に選んだのでしょう。 「修士1年目の終わりに、学校の交換留学制度を使って一度、英国王立音楽院(ロイヤル・アカデミー)に1カ月の短期留学をしたんです。 それがとてもよい経験だったから、ぜひこの学校で学んでみたいなと興味をもちました。 特にオーボエのニックリン先生が『機会があったらぜひおいで』と言ってくださったのは、自分にとって大きかったです。 一度ドイツ留学を試みて、いろいろなことを検討したけれど、先生と巡り合うことや、指導枠の空き状況により合否が左右されるなど、状況がうまく整わなくて諦めた経験があったので、 留学の実現には縁とタイミングが大事だと痛感していました。 だからせっかく先生にそう言ってもらえるなら、その機会を生かしたいと思ったんです」 — 縁とタイミング……人生の中で決断を迫られるたびにリフレインしそうなフレーズです。 在学したロイヤル・アカデミーの雰囲気はいかがでしたか? 「印象に残っているのは、マスタークラスやちょっとした発表の場で、学生同士がお互いの演奏に対して忌憚(きたん)なくオープンに意見を言い合う雰囲気です。 アカデミーではパフォーマンスクラスと呼ばれる、普段習っている先生とは別の先生のレッスンを受けながら、複数人でお互いの演奏を聞き合う活動があります。 そこでは先生からほかの学生の演奏に対して思ったことを尋ねられることも少なくありません。 それって自分の母国語である日本語でも難しいことだと思うのですけれど、王立音楽院の活動の中で、学部生も院生もよい意味で遠慮なく、お互いに率直な意見を伝えるシーンを目の当たりにして、とても勉強になりました」 王立音楽院でオーボエ四重奏に取り組んだときの1枚。 筆者もヴァイオリンで共演しました。 — ロンドンは楓さんから見てどんな街でしょう。 「そうですね、 ロンドンは学生に優しい街で、学生特権でさまざまなコンサートのチケットをお手頃な価格で購入できたり、美術館や博物館の常設展が全て無料で見らたりするので、お金をかけずともいろいろなアートに触れることができます。 近視のせいもあるかもしれないけれど(笑)、手元で見られるものが好きで、よく銀食器のコーナーの本当に繊細な装飾がほどこされたスプーンをじーーっと見つめていました。 近現代アートに特化している テート・モダン(Tate Modern)も好きですね」 オーボエとピアノで悩んだはずがフルート担当に!? 音楽を始めたきっかけ — 2018年に留学を終えて、休学していた東京藝大に復学されたわけですが、そもそもどういった経緯でオーボエに出会って、藝大に進学されたのでしょう。 音楽を始めたきっかけを教えてください。 「もともと幼い頃はピアノをやっていました。 オーボエと出会ったのは、宇都宮のジュニアオーケストラの演奏会です。 兄がジュニオケでティンパニを叩いていたので聴きに行ったときに、そこで オーボエってすてきだなと憧れました。 その頃オーボエ奏者の宮本文昭さんのCDもヒットしていて、図書館で借りてきて『オーボエの音色いいなぁ』と思いながら聴いたことを覚えています。 そうしてオーボエに興味をもっていたので、中学校に進学するときに吹奏楽部に入ろうかなと思いました。 でも小学生の頃はコンクールに出るくらいピアノをがんばっていたから、 ピアノをとるか吹奏楽部に入るか悩んで、決めきれずに大泣きして……」 — そのときの、ご家族のリアクションは……? 「自分で決めなさいと(笑)。 よくよく自分のことを考えて、もしピアノをがんばるとしたら、子供の頃に骨折をしたことがある左手が練習の負荷に耐えられるだろうかとも思ったし、ピアノを弾くことはほとんどひとりで取り組むものだけれど、 誰かと一緒に演奏するのは楽しそうと思って、吹奏楽部を選びました。 ところがそのとき学校の備品にオーボエがなくて、入部してすぐは学校で借りられたフルートを担当することになりました。 でもフルートを吹きながらずっとオーボエを横目に『いいなあ』という思いがあったので、2年生になる頃、両親にお願いして楽器を買ってもらってオーボエを始めました。 と言ってもフルートを吹くのも楽しかったから、今でもたまに吹かないこともないです(笑) 結局吹奏楽部に入っていたのは中学時代だけですが、兄のいたジュニオケにも入って、そちらは高校2年生くらいまで参加していました。 オケの曲はもともと聴くのが好きだったから、自分で演奏できるのは楽しいなあと思っていました」 — 高校は普通科で学ばれたんですよね。 音楽と学業はどのように両立させていましたか? 「今考えると、高校時代はよくがんばったなと思いますね。 高校に入った頃、音楽をより深く学びたいなと思って、それなら国立である東京藝大に行きたいと目標を設定したけれど、学校は進学校だったので周りは勉強モード。 その雰囲気を崩したくなくて、周りに取り残されないように最低限の予習復習はしようと思って、お昼ご飯食べながら勉強したり、なるべくバスや電車の時間を使って勉強を済ませたりして、帰宅したら楽器の練習に時間を使えるようにしていました。 どこか頑固なところがあるというか、やるって決めたらやる、という性格が手伝ってやり遂げましたけれど、10代だったからできたとも思います。 今もう一度、と言われたらちょっとしんどいかな……(笑)」 — シビアな受験勉強を経て大学に進学したとなると、少し開放感もあったのでしょうか。 「高校時代がそんなふうにかなりストイックだったので、大学では音楽だけに全ての時間を使えるということが、 これってもしかしてすごく幸せなのでは? と思いました。 ですが、いざ入学してみると、周りには天才と呼ばれているような人もいれば、音楽高校出身の人は知識が多いし、そもそも東京にいるってことにどきどきしちゃって(笑)、もう常に緊張で呼吸が浅いというか……! 周りに追いつこうと必死に過ごしていた気がいます。 学部の初めの頃は栃木から通っていたけれど、次第に『 リードを作る時間がない!』と思って途中から学校の近くに下宿していました。 よっぽど新幹線に乗っている間に作れたらいいのに! と思った日もありましたけれど、リードを削るのに刃物を使うので、それは無理だな、と」 — リードの準備はオーボエ奏者にとって死活問題ですが、確かに新幹線で刃物は扱えないですね(汗)。 楓さんにとって大学時代のハイライトは何ですか? 「学部1年の必修科目に管打合奏というアンサンブルの授業があって、でも2年生になると上級生とのオーケストラや吹奏楽が始まって学年単位での合奏の機会はありません。 だから管打合奏の最後の授業のあとで『同級生での合奏を続けたいよね』という声が上がって、それが卒業後の今も続いて『ぱんだウインドオーケストラ』として活動しています。 今はそれぞれのフィールドで頑張っているみんなが、ひとたび集まると学生時代に戻ったみたいに打ち解けられるし、同級生という安心感があるから、音楽のやりとりもいろいろなことに挑戦できるのが楽しくて。 演奏は毎度、それぞれがやりたいことやって爆発、という感じです。 4・5人での室内楽のグループだって継続することはなかなかできないのに、この人数で活動してるいのって 本当に奇跡みたいなことです。 いろいろな意見をひとつにまとめて団体の運営をするのは簡単ではないけれど、できる限り続いていったらいいなと思います」 オーボエのすてきな曲を届けたい 王立音楽院の卒業式 — 大学院では何をテーマに論文を書かれたのですか? 「最初にお話しした、レオン・グーセンスのために書かれた室内楽作品を集めて比較したりしました。 グーセンスは時代のスターだったので、エルガー、ブリテン、ヴォーン=ウィリアムズなど、イギリスの名だたる作曲家が彼のために曲を書いています。 それらの作品は今日ではオーボエの定番のレパートリーとして残っているものもあれば、知る人ぞ知る名曲もあって、作品を探していく作業は非常におもしろかったです」 — イギリスに留学されていたからこそ、ぜひそういった作品を広めていってほしいです。 啓蒙という点で言えば、後進の指導などは取り組んでいますか? 「地元の強豪校、作新学院の吹奏楽部の指導に携わっています。 特に定期演奏会を聴きに行ったときには、ずっと練習の過程を見ていた子たちが舞台に出て演奏している姿を見て泣けてきちゃって(笑)。 若い子のまっすぐな努力っていいですよね。 ひたむきな姿勢でがんばる生徒さんは本当にかわいくて、指導に一生懸命応えてくれるので、すごくやりがいがあります」 — 定期演奏会で泣けたとは……。 きっと生徒さんも先生のその愛に応えてくれたんですね。 ソロでの演奏、アンサンブルに指導と、様々な活動に取り組まれていますが、最後に、今後 挑戦してみたいことを伺いたいです。 「リサイタルは近々やってみたいですね。 留学の成果をご報告できるような機会をまだ持つことができていないので、それはどこかのタイミングでぜひ実現したいなと思います。 また論文で集めた楽曲は本当にすばらしい作品がたくさんあるので、こういった曲を実際にみなさんにお聴かせできるチャンスがあるといいなあとも思います。 詳細はをご参照ください。 語り口は淡々としていながらひとつひとつのエピソードがエモーショナルで、ピアノと吹奏楽の選択をするときに号泣したり、強い意志で音楽と勉強を両立生活を駆け抜けたり、指導校の演奏会で涙したりと、インタビューを通して楓さんの情熱を感じました。 その反面、近視だからと言って美術館で銀食器をずっと眺めていたことや、コンクールの結果発表がよく見えないといったお話は、マイペースで飾らない人柄を象徴するようです。 静かに熱い意志をもって、物事にじっくり取り組むさまは、まさにオーボエ奏者がリードを作る姿に重なります。 急いでも、数を打ってもだめ。 丁寧に黙々と向き合ってやっとできたリードを伴って、さらに技術や音楽性を磨いた先にあるのが、オーボエの音色なのです。 ご本人は「だからオーボエ吹きってちょっと変態かもしれない」とユニークに表現されていましたが、ほかの人にはまねできない職人技を貫くオーボエ奏者に、筆者は感嘆が止まりません。

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